武田双鳳

書で人生を豊かさを与える活動をしています。

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空中揺筆

「書」は、堅苦しく捉えられがちですが、誰でも楽しめるものです。気軽に、たのしむ方法としておススメは、「指なぞり」(もちろん、筆なぞり=「臨書」もおススメ)。グッと穂先を差し込んでいる、フワッと筆毛を閉じている…といったように、書を指でなぞりながら、一つ一つの字画が生まれたプロセスを丁寧に味わってはみませんか。書く過程を味わうことで、筆のタッチの心地よさ、字のフォルムの爽快さ…といった、新たな表現世界が、見えるようになっていきます。ともすれば、上手い下手だけの単調な世界が、「指なぞり」を通じて、彩り豊かな世界に変っていくのです。できれば、目に見える字画(実画)だけでなく、目に見えない字画(虚画)も、想像をしながら「指なぞり」してみましょう。字画の繋がり(脈絡)や、余白を充たすエネルギーなどをも、指先から、実際に「ある」ものとして、感じるはずです。虚画が実画を生み出し、実画を支えています。落筆前における筆の旋回運動(空中揺筆)の時点で、運筆のリズムや勢いが生まれ、書の世界が始まっているのです。「書はドラマ」といわれます。字画(書きぶり)を味わうことで、その人生(生きぶり)を追体験できます。よろしれば、「指なぞり」を通じて、1000年の時空をも超える「書のドラマ」、楽しんでみませんか?書法道場師範 武田双鳳

「鏨」 ~2018年6月の稽古テーマ

「書は刻むもの。刻んだ文字が心に刻まれた」という言葉が心に残った-。そのようなメールを、体験入会された方から頂戴しました。。スマホ等の普及で、いまや、文字は「ウツ」ものに変わっています。文字を「書く」こと自体が減っていますから、文字を「刻む」なんて、一般的には、ありえない感覚なのでしょう。しかし、文字は、粘土板や青銅器などを「欠く」(引っ掻く、彫る、刻む)ことから始まりました。文字の前提となる「心」(言葉)も、石や木を「欠く」ことでできる道具が育んだと言われています。たとえ、紙が発明されても、歴史的には長らく、文字を「書く」は石などに文字を「欠く」ための目印にすぎませんでした。ところが、650年頃、完璧な楷書(九成宮醴泉銘など)が誕生すると、「書く」は「欠く」を凌駕します。ただ、そこでの「書く」には、「欠く」が吸収されています。起筆・送筆・終筆の三折法は、彫り方(刻法)に由来すると言われますし、「筆」は「彫刻刀」と同じく、「軸(柄)」と「穂(鋒)」を備えます。スマホで「ウツ」文字は、人間を動物と分け、心(文化)を育んだ「かく」は含まれません。果たして、「かく」を失った文字に、人間らしい心は宿るのものなのでしょうか。この文章は、PCで「ウツ」ことで作成してしまいました。それでいいのだろうか、悩ましいところであります。書法道場師範 武田双鳳