「鏨」 ~2018年6月の稽古テーマ
「書は刻むもの。刻んだ文字が心に刻まれた」という言葉が心に残った-。
そのようなメールを、体験入会された方から頂戴しました。。
スマホ等の普及で、いまや、文字は「ウツ」ものに変わっています。
文字を「書く」こと自体が減っていますから、
文字を「刻む」なんて、一般的には、ありえない感覚なのでしょう。
しかし、文字は、粘土板や青銅器などを
「欠く」(引っ掻く、彫る、刻む)ことから始まりました。
文字の前提となる「心」(言葉)も、
石や木を「欠く」ことでできる道具が育んだと言われています。
たとえ、紙が発明されても、歴史的には長らく、
文字を「書く」は石などに文字を「欠く」ための目印にすぎませんでした。
ところが、650年頃、完璧な楷書(九成宮醴泉銘など)が誕生すると、
「書く」は「欠く」を凌駕します。
ただ、そこでの「書く」には、「欠く」が吸収されています。
起筆・送筆・終筆の三折法は、彫り方(刻法)に由来すると言われますし、
「筆」は「彫刻刀」と同じく、「軸(柄)」と「穂(鋒)」を備えます。
スマホで「ウツ」文字は、
人間を動物と分け、心(文化)を育んだ「かく」は含まれません。
果たして、「かく」を失った文字に、
人間らしい心は宿るのものなのでしょうか。
この文章は、PCで「ウツ」ことで作成してしまいました。
それでいいのだろうか、悩ましいところであります。
書法道場師範 武田双鳳
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